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2020.11.16[チーム]

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[WE ARE GAMBA OSAKA 2020]ジュニアユース コーチ 明神 智和

一つ後のニュース

  • 2006シーズンにガンバ大阪に加入
  • 2008シーズンにはAFCチャンピオンズリーグを制覇
  • 2014シーズンにクラブ史上初となる三冠を達成
  • セカンドキャリアを考えた時に、真っ先に思い浮かんだのがガンバだった
様々なシーンを通して、ガンバ大阪との『絆』を紹介する『WE ARE GAMBA OSAKA』。今シーズンは、それぞれの人生で印象に残る試合や出来事、出会い、を通してその胸に根づく、ガンバ愛を浮き彫りにする。

 昨シーズン限りで、24年の現役生活にピリオドを打った。現役最後の所属チームとなった長野パルセイロからは契約延長を打診されていたが、自分自身で気持ちにケリをつけた。

「来年もプロとして1年間戦えるのか。全力で練習に取り組めるのか。チームを勝たせる力になれるのか。お金を払って観に来てくださる人たちに応えられるパフォーマンスを示せるのかを自分なりに考え、『求められるものに応えられない』という結論に至りました。それが引退の理由です」

 どこか吹っ切れたようなすがすがしい表情で、引退会見の席に座っていたのを思い出す。その際に、セカンドキャリアについても口にしていた。

「将来は、監督を目指したい」

30代後半に差し掛かる頃から漠然と描き始めていた思いは、引退が近づくほど明確になっていたのだろう。となれば、次なる目標に向かって突き進むだけだった。

「セカンドキャリアを考えた時に、真っ先に思い浮かんだのがガンバでした。実は15年にガンバを離れる時にも『引退してコーチをしないか』という話をいただいていて。その時は最終的に現役続行を選択しましたが、以降も毎年のように契約の時期にはガンバに気にかけてもらっていたし、自分の中でも愛着のある古巣で新たなキャリアをスタートできれば理想だという思いもありました」

 ジュニアユースコーチとして担当するのは中学1年生だ。その中では、この世代の成長速度の早さに驚かされる毎日だが、だからこそ自身の指導や言葉には大きな責任を感じている。

「中学生1年ともなれば、技術もついてきて、感覚的にはいろんなプレーができるようになっています。実際、僕が指示を出せば…練習で『右を切れ』とか『もっと寄せろ』と言えばその通りに反応もできます。でも、それを指導者に言われて『やらされている』のでは意味がない。なぜ、右を切らなければいけないのか、寄せる必要があったのかという『判断』の理由を考えて、理解し、自らプレーに反映できるようにならなければ本物の力はついていかない。中学1年生は、その『考えてプレーする』ことのベースを備えさせたい学年だけに、最初に答えを与えてしまわない指導というか、選手自身でその『判断』を備えていけるように誘導する言葉がけは意識しています」

 その中では、クラブとして目指す足元の技術やインテリジェンスを備えた『見ていて楽しい選手』の育成は意識しながらも、『勝つこと』に対するメンタリティを育むことも忘れない。

「もちろん、なんでもいいから勝てばいいという意味では決してなく、勝つために何をするべきかを考えられる選手になってほしいと思っています。勝ちたいから技術を磨くとか、勝つために球際で上回る、相手に走り負けたくない、とか。『勝ちたいから、これをする』と選択できる選手になってほしい。プロの世界は、根本的に負けず嫌いで、勝つことに気持ちを向けられる選手でなければ活躍できない。そう思えばこそ、技術だけではなく、気持ちの強さも備えた選手を育てていきたいと思っています」

 それは、明神自身も現役時代、「勝つこと」を目指し続けてきたことで数々の栄冠を手にできたと考えているからだ。その記憶に最も強く残っていると話す、ガンバでのAFCチャンピオンズリーグ制覇も、14年の『三冠』も、勝ちたい、うまくなりたいという思いの先にあった結果だった。

「予選から無敗で実現した08年のACL制覇はガンバ史上初めて、クラブ、チームだけではなく、ファン・サポーターの皆さんや、スポンサーの方を含めた全員を『アジアチャンピオン』にできたという意味で、一番印象に残っています。ああいう瞬間を再び、トップからアカデミーまで、また、ガンバに関わる人たち全員で味わうためにも、未来のJリーガーを『育成』するアカデミーの指導者の責任は大きい。そのことを改めて実感していますし、僕自身もその一人としてガンバのエンブレムを胸に仕事ができることをすごく誇りに感じています」

 そういえば、指導者になって間もない頃、ジュニアユースの選手に声を掛けられたことがあるそうだ。
「子供の頃、僕が持っていたレプリカユニフォームは、明神コーチの『17』でした」
 かつてはスタンドでガンバを応援していた子供が、青黒のユニフォームを着てボールを蹴り、かつて応援していた選手とガンバで再会して、その指導のもとでプロを目指す。歴史が作り出すその見えない連鎖もまた、きっとガンバ大阪を強くする。


Interview and text by Misa Takamura

Back Number
MF8 小野瀬 康介
https://www.gamba-osaka.net/news/index/no/11646/

DF4 藤春 廣輝
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MF10 倉田 秋
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トレーナー 桝井 周
https://www.gamba-osaka.net/news/index/no/11424/

DF27 髙尾 瑠
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FW18 パトリック
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FW9 アデミウソン
https://www.gamba-osaka.net/news/index/no/11228/

MF15 井手口陽介
https://www.gamba-osaka.net/news/index/no/11137/

FW33 宇佐美貴史
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MF14 福田湧矢
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