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2024.12.16[チーム]

[小野忠史×水谷尚人 対談・後編]チーム強化、事業の成長、地域貢献の3つをリンクさせ、『強いガンバ』を作り出す。

―ガンバ大阪の継承にあたって、小野さんから水谷さんに託したいことはありますか?

小野:私が在任中、常に従業員と共有してきたトリプルミッションがあります。1つはフットボールで皆さまにワクワクしていただいて喜んでいただきながら、『常勝ガンバ』として、毎年のようにタイトルを争えるチームになること。2つ目は、それを支えるための事業の成長です。最初にお話ししたように、私の在任中はコロナ禍も含めて、本当に多くのパートナー企業の皆さまに支えていただきました。まだまだ事業面の拡大成長は必要だという思いから、様々なパートナー企業の皆さまとの関係性を広げ、その協働の取り組みを拡大してきました。その成果としてスポンサー収入もコロナ禍以降は確実に右肩上がりで推移してきた流れもあります。その部分はクラブ運営には不可欠だからこそ、まだまだ伸ばしていってもらいたいと思っています。そして3つ目は、社会貢献・地域貢献です。この地域にガンバがあってよかった、大阪に限らず日本にガンバがあってよかったなと皆さまに言っていただけるクラブであることは、永続的にガンバが目指さなければいけない姿です。この3つの軸がぶれない限り、クラブは必ず成長し続けられると考えています。

水谷:今の小野さんの言葉には、クラブが成長するためには、事業が成長するだけでも、チームが強くなるだけでもダメだという思いが込められていると受け止めていますが、まさにその通りだと思っています。私もファン・サポーターの皆さまが求められているのはガンバが勝つ姿で、『タイトル』だということは重々理解しています。実際、私も湘南で社長業をしていた18年に一度だけルヴァンカップで優勝し、こんなにもいいものはないと思ったのも事実です。クラブに関わるすべての人たちが本当にみんな笑顔で、幸せそうな表情を浮かべていた姿が今も脳裏に焼き付いています。そういう幸福感を生み出せるのが『タイトル』だと考えても、ガンバでも是非それを実現したいとも思います。ただし、そのためには、小野さんもおっしゃるように事業面の充実を図らなければいけないし、地域に愛されるガンバ、応援していただけるガンバにならなくちゃいけない。タイトルはその先にあるものだと考えています。

―冒頭のお話にもあった通り、コロナ禍を乗り越え、昨今は本来のスタジアムの熱気がパナソニックスタジアムにも戻ってきています。来年はパナスタ開場10年を迎えますが、パナスタに託す夢はありますか。

小野:それは間違いなくこの場所で、シャーレを掲げること、タイトルを獲得することです。世界中が様々な我慢を強いられたコロナ禍には、我々もJリーグの無期限中止をはじめ、無観客の試合、声のない手拍子だけの試合、といった様々なパナスタを経験しました。だからこそ、Jリーグが再開した時の感動、有観客で試合を戦えた時の感動は、いまだに鮮明に覚えていますし、涙が出るくらい嬉しかった記憶があります。また、あの経験を通して応援していただくこと、たくさんの人が集うスタジアムでサッカーをすることが当たり前ではないと改めて思い知りました。その経験があればこそ「応援してもらうことにプレーで返さなければいけない」「結果で応えなければいけない」というのは、常日頃から監督以下、コーチングスタッフや選手が口にしている通りです。そして、その想いは、この先も大事にしてもらいたいと考えていることの1つです。人は良くも悪くも過去を忘れがちの生き物ですが、私はあのコロナ禍の記憶はこの先もしっかり胸に留めておいてもらいたいと思っています。誰かに応援してもらうということは決して当たり前ではありません。その感謝を胸に留め続けることも選手たちの戦う勇気や力に変わるんじゃないかと思っています。

水谷:確かにあの苦しい時期を通して学べたことはたくさんあったと感じています。全てがストップしてしまった状況を体感したことで応援されてプレーすることの幸せ、応援するチームがある幸せを私たちは改めて知ることができました。あれを機にたとえば、ファンの皆さまとの心の距離感などが変わった選手も多かったと記憶しています。それぞれが苦境に立たされましたが、その中で深まった絆も確かにありました。それは今後も大切にしていきたいですね。

小野:また、私たちが何より感謝しているのは、ファン・サポーターの皆さまの存在です。今シーズンも本当に熱い応援をいただきましたが、この6年、毎試合のように皆さまがスタンドから届けてくださる熱には胸を打たれてきましたし、身が引き締まる思いにもさせられました。また、今シーズン最後の公式戦となったJ1リーグ第38節・サンフレッチェ広島にはシーズン最多となる34,653人の方にパナスタに足を運んでいただき、94年に記録したリーグ戦におけるホームゲーム最多年間入場者数を30年ぶりに更新することもできました。パナスタに大きな熱を作り出してくださった皆さまに心より感謝申し上げます。その一方で『結果』というところでは先ほども申し上げたとおり、期待を裏切りっぱなしの近年で、日本一のサポーターだと思っている皆さまに『タイトル』を獲得して、シャーレを、メダルを届けられなかったのは心残りでもあります。その夢は水谷さんに託したいと思います。

水谷:敵として戦った時のガンバサポーターの皆さまの熱気にはいつも驚かされていましたし、今回、社長就任が決まってからも、何度かパナスタに足を運ばせていただきましたが、彼らの声援によってパナスタにはいつも『劇場空間』と呼ぶに相応しい、特別な熱気が漂っているのを感じました。ちょうど先日の天皇杯決勝も、娘を連れて国立競技場に足を運びましたが、東京で開催しているとは思えないほどのホーム感を作り出していたことにも驚くばかりでした。その際、隣の席にヒュンメルのウェア、靴で揃えた私と同世代くらいの女性が一人で観戦されていたんです。レプリカユニフォームも纏って頭の先からつま先までガンバ一色でした。しかも、試合中はずっとガンバの応援歌、選手のチャントを全部、歌っていらっしゃったんです。その姿を見て、ガンバの築いてきた歴史を感じると同時に、ガンバは本当にさまざまな年代の、たくさんの方に支えられているんだと実感しました。そうした皆さまの想いと、真剣に向き合っていくことも私たちの使命だと思っています。

小野:パナスタがスタジアムの日常を取り戻した22年以降は、かつての熱気が戻ってきましたし、嬉しいことに毎年、入場者数を更新している現状もあります。ただ、浦和レッズさんの今シーズンの平均入場者数が36,000人超を数えたのに対し、我々は26,000人ほどで、約1万人の差をつけられました。また、今シーズン、新スタジアムが完成したサンフレッチェ広島さんは、年間パスの利用者が非常に多く、すでにそれ以外のチケットが取りにくい状況にあるそうです。それを聞いても我々も負けていられないと思っていますし、ホームゲームのたびに『満員のパナスタ』を実現したいという思いは強まるばかりです。

水谷:ファン・サポーターの皆さまの話が出たので、この場を借りて1つ、お礼を申し上げたいことがあります。私が湘南時代の20年10月のレモンガススタジアム平塚での対戦時に、小野さんにご連絡して相談したことがありまして…。

小野:覚えていますよ。癌を患われていた元フットサル日本代表の久光重貴さんのことですね。

水谷:そうです。彼は自身も癌と闘いながら、15年にはRing Smile(リングスマイル)という法人を立ち上げ、小児がんを患った子どもたちへの様々な支援活動をされていました。いつも同じ病気を患った子供たちに「絶対に治るぞ。一緒に頑張ろうぜ」と言い続けていた強い気持ちを持った男でした。その彼が20年9月頃から病状が悪化してしまい…。ベルマーレの選手たちから「同じ湘南の仲間として何かできないか」という声が上がり、ガンバ戦の入場時に久光へのメッセージを込めたTシャツを着ようという話になったんです。そこでガンバの選手にもご協力いただけたら嬉しいなと思い、小野さんにお声がけしたところ、その場でご快諾いただきました。

小野:当日は、みんなで写真も撮りましたね。

水谷:レフェリーの皆さんも協力してくださって、両チームの選手が交わって写真に収まりました。その時に、ガンバサポーターの皆さまも…コロナ禍で声は出せなかったのですが大きな拍手を送ってくださり、本当に嬉しかったです。久光も映像で観て、とても喜んでいました。あの光景を見た時に私自身も、改めてスポーツが人々の生活において欠かせないものだと感じたし、スポーツを通して伝えられること、勇気づけられることはたくさんあると実感したのを覚えています。今回の社長就任の際にも当時を思い出し、スポーツの持つ力を信じている人間の一人としてこの先、ガンバがクラブとして大きくなる、チームが成長することもさることながら、そこに心の部分をしっかり携えることを忘れてはいけないと改めて肝に銘じています。実際、先ほども少し話題にのぼりましたが、パナスタに唯一無二の『劇場空間』を作り上げることは、単にフットボールの面白さを伝えるだけではなく、たとえば、先生に怒られた、お母さんと喧嘩した、上司に雷を落とされたという人たちの心を癒す力にもつながると感じています。パナスタで、ガンバのサッカーを観て、雰囲気に触れて「明日から学校には行きたくないと思っていたけど、頑張ってみるか」とか「よし、自分も負けていられないな」という気持ちになってくれたら嬉しい。ガンバにはそういう『劇場空間』を作り出せるポテンシャルがあるからこそ、ガンバに関わるすべての人たちでそれを形にしていきたいです。

小野:よろしくお願いします。熱くて、強く、心の通ったガンバをぜひ作り上げてください。

水谷:小野さんを含めガンバに関わる皆さまが代々受け継がれてきた歴史をしっかり継承していくという決意は、最初にお話しした通りですが、その『継承』には人と人との繋がりも含まれていると考えています。冒頭で長沼さん、岡野さんの話をしましたが、それ以外にもいろんな方の尽力、繋がりの中で今もガンバをはじめとする各クラブやJリーグの歴史が続いています。だからこそ、そうした人と人との繋がりをこの先も大事に継承しながら真摯に仕事にあたりたいと思います。そういう意味では、私は湘南での仕事を通して感じたこと、学んだこと、人とのつながりにも大きな感謝の気持ちを持っていますし、この先も大事にしていきたいと考えています。試合を戦う時にはもちろん敵になりますが、それ以外の場所でお会いした時には、ぜひ同じスポーツ、フットボールを愛する仲間としていろんな話をさせていただきたいと思っています。またこの先、ガンバに関わるたくさんの人との出会いもすごく楽しみにしていることの1つです。ぜひみんなで、強いガンバを作りましょう。



高村美砂●文 text by Takamura Misa