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2019.9.15[チーム]

播戸選手 引退会見

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昨日の鳥栖戦でのセレモニー終了後、播戸竜二選手の引退会見が行われましたので、コメントを紹介させていただきます。

播戸選手「本当に今日はガンバ大阪にこういう場をつくっていただいて、本当に感謝しています。そしてこうやって試合前の忙しい中、皆さんに来て頂いて本当に有難うございます。先ほども言いましたけれど、21年間サッカーをやってきまして、その中で本当に辞めるとなっても、全然悔いがないというか、本当にすっきりした気持ちで今を迎えています。それも本当にガンバ大阪を始め、各クラブ、そしてメディアの皆さんのおかげだと思っています。本当に有難うございました。」

Q「先ほどプロになった時につけていた29番の背番号をつけて、11番もですが。改めてガンバで過ごした時間はご自身の中でどういう風に記憶に残っていますか。」
播戸選手「まず最初、98年に練習生として入ったんですけれど、この29番の背番号で、これが今日ついているというのがすごく嬉しくて。最初は練習生だったので、それこそ月10万円の給料でしたし、こっちで住むこともできなくて、寮もなく、姫路の実家から電車と自転車を乗りついで通っていました。それで2ヶ月くらいでプロ契約になったんですけれど、最初の2ヶ月は、実家から通ってそれこそお母さんにお弁当を作ってもらって、お昼も洗濯のおっちゃんやおばちゃんや、掃除のおばちゃんとお弁当を食べながら、ご飯を食べながらというのが僕の原点で。
それが最初のガンバで、そこから離れてコンサドーレ、ヴィッセルに行ったんですけれど、その後に2006年に戻ってきたときは、ガンバが優勝した後だったので、ビッグクラブになった後のガンバ。そういうガンバで一緒にやれる、僕をプロにしてくれたクラブで、何とか恩返しをしたいという気持ちが本当に強くて。その中で、たくさんの素晴らしいメンバーや監督に恵まれて、たくさんのタイトルを獲れて。本当にガンバでは幸せな想いしかないですし、残っていないですね。」

Q「ガンバ時代で最もこれはナイスプレーだ、というプレーと、また逆にこれはやってしまったというプレー。覚えていらっしゃったら教えてください。」
播戸選手「ナイスプレーは、さっきの映像でもありましたけれど、天皇杯の優勝で、あの天皇杯を優勝しないと、前年にACLで優勝をして、クラブワールドカップに出て、そこを選手全員、クラブ全員で見て、また次も挑戦、次の年も挑戦という中で、あの優勝がないとできなかったので、そのゴールというのは自分でもナイスゴールだと思っていますし、現役生活を考えてみても、一番重要なゴールで、重さがあったゴールに思えます。
良くなかったプレーとか、これは入ってからずっとそうなんで、ありすぎて一つには選べないくらい、やっぱり僕自身、練習生で入ってということもありますし、本当に下手くそな選手でしたし、上手くもなかったですし、でも本当に気持ちだけでここまでやってきたという部分があると思うので、だからそういう部分というのは、これからプロを目指すという選手、やっぱり上手くなかったらあきらめる、とかじゃなくて、やっぱり最後まであきらめない気持ちであったりとか、強い気持ちをもってやってほしいなと、ちょっと話が変わりましたが思います。」

Q「琉球を退団されてから引退をしないということを最初はおっしゃっていましたけれど、このタイミングで決断した理由を教えてください。」
播戸選手「去年、J3琉球でプレーをしていて、優勝をして自分もチームの力になれたみたいな思いはやっぱりあったので、プロ選手としてプレーをしたいという思いがあったんですけれど、1/31までチームを待ちましたが、結局どこのチームも話がありませんでした。
その中で、まだやれるのかと思ったんですけれど、自分がまだやりたいと思っているのに、辞めるというのは自分の心と違う方面に行っているというは、自分が感じれないことをやるのは嫌だったので、それだったら引退というのをせずに、一生現役でやろうと思ったんですけれど、でもサッカーから離れて、サッカーを見る機会もありましたし、イベントとか解説とかする機会もあって、そんな中でふとやっぱり少しずつ自分がまたサッカー選手でやりたいとか、この場所に立ってプレーしたいとあんまり思わなくなってきたんで。それよりは次自分が何か違うことで、このサッカー界のためになれるようなことがあるんじゃないかと思ったので。そういう風におもったら、これはある程度どこかで区切りを持って、やらないといけないという風に少しずつ思ってきました。」

Q「今後も日本サッカー界に貢献したいということをおっしゃっていましたけれど、言える範囲で今、どういうことをしてみたいかを思っているかを教えてください。」
播戸選手「何を持ってその貢献していくかというのは自分の中でももちろん考えますし、迷いますし、これがしたいということが今明確にあるわけではないですけれど、日本サッカーを動かすと言ったらJリーグならチェアマンであったり、そのあたりの理事であったり。協会なら協会の会長であったり、周りの理事であったり。ということだと思うので、そういうのをやれるように色々と勉強したいという思いもありますし、ただそれは自分がやりたいと思っても、出来るもんでもないですし、そういう人たちから必要とされたりとか、やってほしいと思われるような人材になれるように、これからどんどん勉強していきたいと思いますし、そのあたりはメディアの人たちにも協力してほしいと思います。」

Q「現場というよりはフロントの方?」
播戸選手「現場は21年間選手としてやってきたので、ここから監督やコーチをやるというよりも、クラブの経営であったり、マネジメントであったりとか、後はJリーグであったり協会であったり、そういうところをこれからやっていきたい。
選手でやってきた人がそういうところに行く、これからの時代、そういう選手だった人が日本サッカーを動かしていく、引っ張っていくという風になっていかないと、これから日本サッカーがさらに発展していくうえでは必要だと思っているので、そういうところを目指したいと思っています。」

Q「播戸選手が現役としてプレーを見せてくれていた中で、大切にしていた想いであったりとか、言葉があればご紹介いただきたい。」
播戸選手「やっぱり先ほども言いましたけれど、気持ちという部分は一番大事にしてきましたし、目の前の選手であったり、人に負けない。サッカーは11対11なので、一人一人が目の前の選手に勝ったら、これはチームの勝利に近づくので、そういう絶対に負けないという気持ちはずっと大事にしてきましたし、これからもまた色々な戦いがあると思いますけれど、そこでも自分らしく気持ちを強く持って負けない戦いをしたいと思います。」

Q「色んな引退の形がある中で、プロをスタートしたクラブで、最後の一日ユニフォームを着て、こういった形で引退をされると。実際Jリーグでは初めてだと思いますけれど、ご自身それを実行してみてというか、率直にどのように感じていますか。海外では良く聞いていますが。」
播戸選手「僕は海外のサッカーも好きですし、勿論MLBとかNBAとかそういうのも見ますし。そういうところでこういう一番最初にいたチームとか元チームで引退するとか、たくさん見てきましたし。Jリーグとしては初めてだと思いますけれど、こういうのがこれから普通になるかどうかわかりませんが、こういう風な事例が増えていったら、選手は夢を持てるというか、自分が最初にいたチームであったり、活躍したところで、最後を迎えれて、その時に応援をしてくれた人たちの前で、最後引退の挨拶が出来る、これは僕が経験しておもいましたけれど、本当に幸せなことで、泣くつもりはなかったですけれど、やっぱり自然と涙も出てきましたし、その短い間に自分が98年に入って、プロになって、どういう気持ちでガンバでやってきて、また戻ってきてガンバでやってきたのが一瞬で蘇りましたし、それが当たり前に出来るJリーグであったり、当たり前に出来るクラブであってほしい、これからそういう風になってほしいなと思いますし、今日もし、これを見た小さい子供が将来自分もJリーガーになって、活躍していろんなクラブに行って、でも最後は最初にいたチームであったりとか、自分の一番活躍したチームで引退できると見たとしたら、多分Jリーガーになりたいなと思うこともあると思います。
そういうためにも、僕はこういう風に出来たら幸せだなとずっと考えていて、その中でガンバ大阪に話をしたときに心よく受け入れてくれて、本当に何回も言いますけれど、幸せだなと思います。」

Q「先ほどチェアマンやサッカー協会の会長をできたらなという話もありましたけれど、今実際のJリーグ全体、日本サッカー協会で何か変えていきたいとか、自分だったらこうしたいとか漠然とでもいいので、何かあれば教えてください。」
播戸選手「結構難しいですね。本当に思うことはたくさんあるし、こういうのはどうなんだろう、と思うことは今の自分の中ではたくさんありますけれど、自分はサッカーしかしてなくて、知らないこともたくさんありますし、こうやったほうがいいからと言ったとしてもやれるのかどうか、というのもあります。
だからこそ、本当はこうやれ、こうやれと言えたら一番いいんですけれど、だからこそいろいろ学びたいです。今まではサッカーの事だけは学んできたので、これからはビジネスの事であったりとかマネジメントの事であったりとか、どうやって経営するのかとか、どうやってクラブって大きくしていくんだとか、Jリーグはどうやって発展していくのか、協会はどうしていくのかとか、本当に色んな人から色んな話を聞いて、その中で自分がこうやったほうがいいんではないか、という確信を持てるような時期が来たら、そういうことに色々と挑戦したいと思いますけれど、今は残念ながらはっきりと言えることはないですし。
村井さんとも話をしますし、川渕さんとも田嶋さんとも話しますけれど、本当にすごくJリーグの事であったりとか日本サッカーの事を考えてくれていますし、自分がそうなるには、もっとそれ以上に勉強をして、もっとそれ以上、みんながいいね、と言えるようなことを話せるようにしたいと思います。」

Q「今日一日はガンバの選手という契約ですけれど、この後の試合をどういう気持ちで見られるか教えてください。」
播戸選手「今日一日はガンバの選手ですから、ガンバが勝つために、ゴール裏に行こうかな(笑)?辞めてと言われたのでやめますけれど、それくらいの気持ちでガンバが勝つために、全ての声を持って応援をしたいと思います。もう引退の発表のコメントも言えましたし、こうやって会見も言えたので、喉がつぶれてもいいので、喉がつぶれるまで声を出したいと思います。」
 
Q「ガンバを含めて7クラブ所属されていますけれど、一番好きなクラブはどこですか?」
播戸選手「ガンバ大阪です。なぜなら今日一日はガンバ大阪の選手だからです。」

Q「明日になれば変わりますか?」
播戸選手「それは僕の心でとどめておきます。」


播戸選手「本当に今日は有難うございます。先ほども色々と言いましたが、これからの日本サッカーが発展していくためには、ガンバ大阪もそうですし、メディアの人と一緒に盛り上げていくのが一番だと思います。一緒に盛り上げていかないとこれ以上の発展はないと思います。
だから皆さん、今日の事もそうですし、これからもサッカー界の事を書いてください。よろしくお願いします。色々と有難うございました。
これからもよろしくお願いします。」

播戸選手、21年間のプロ生活本当にお疲れ様でした!
これからもサッカー界をぜひ盛り上げてください!!